學という文字

NHKのあさイチで「篠栗の母」と、紹介された坊守、真誠(僧名)です。

お彼岸も後一日ですね。
僧侶として自分見つめ?まだまだ出来ていないな~!と、反省するばかりです。
最近、いろんなことを感じるものだから僧侶の志しっかり持っていないと人を幸せに導いているつもりが不幸に導くことになること痛感しています。お弟子さんもまた、これから弟子になりたいと言われている方も、お彼岸にもう一度僧侶の志、強い意志をもって取り組んでいるか?確認していただきたいと思います。

最近、こんな話を耳にしました。
「學」という文字は信心がなければ学べない!學は霊感、感を磨くこと。
このコロナの時代、今までのように物を右から仕入れて左に販売する!こんな経営はもう成り立たない。何故ならAIとアマゾンのような大企業には太刀打ちできないからです!これからは自分のオリジナル製品をつくって販売する時代。その為には「學」神仏の力、自分持っている感を磨いていかなければならない。また、売れる製品(形なき製品も)は直ぐに真似をされてしまうので、常に新しい製品を作っていかなければならない。何故なら「儲かる」という文字は信じる者が儲かると書く。
昨日、心の時代が来ると書きました。感、ひらめきを磨くとは、慈悲に満ちあふれた人として正しい生き方、正直者に大宇宙、大自然のエネルギーが一体化して下りてくる感、ひらめき。知識を智恵に変えた瞬間でしょうか。

彼岸=悟りの岸に渡りましたか?
お大師さまが私達に求めている生き方「即身成仏」この身このまま、この世で仏になりなさい!という教え。そして、「密厳国土」この世に極楽浄土をつくりなさい。
今日、失業者が6万人を超えたとニュースが流れていました。コロナで大変な時代だからこそ、心を磨き「學」なければならないのではないのでしょうか?

文章がまとまっていないかも?最近年ですね!笑ってごまかします。合掌

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